読書メモ「YOUR TIME 4036の科学データで導き出した、あなたの人生を支える最後の時間術」
時間術という名の幻想
巷には、時間術があふれている。定時に帰りたいけど帰れない人は、世の中からいつまで経っても減らないし、働き方改革が言われて久しいが、その改革が成功したというポジティブなニュースもとんと聞かない。
実は、時間術は極めても実際の労働時間は減らないらしい。しかも、時間を気にしすぎることで、創造性すら失われるんだと。
では、時間術は全く意味がないのかというと、そうではない。実は時間術がうまくいくと、「幸福度」が高まるのだそう。
つまり自己有用感や自己肯定感に影響するのだ。自分はうまく仕事を進められている、仕事をコントロールできているといった感情が時間をうまく使えている人にはある。つまり人生を自分のものにできているという感触が手に入ることになる。
しかし、時間術=時間をマネジメントする、と思ってしまっては、いつまで経っても進歩はしない。なぜなら時間は絶対的なものではなく、その時の感情、行動で感じ方が変わってしまう相対的なものだからだ。
では、時間術のコツは何か?答えは「過去」と「未来」をどう見積もるかである。
未来=予期
将来を予想すると言っても本当の未来を正しく当てることはできない。あくまで計画できるのは複数あるシナリオの一つである。つまり、人間は未来に向けて「予期」をしているにすぎない。
予期には「薄い」「濃い」と「多い」「少ない」の2軸が存在する。
「薄い」予期とは、将来の自分と現在の自分との繋がりが薄ということ。つまり、将来起こるであろうトラブルを、今の自分がリアルに感じられるかどうかということである。これが薄いと、見積もりを甘くしてしまったり、トラブルシューティングに遅れて問題が大きくなってしまうことにつながる。
これを防ぐには、タイムボクシング法。時間を区切ってタスクを行い、自分の見積もりと実際にかかった時間のギャップを感じ、予期の精度を上げていくことで、予期の薄さをなくしていく。
「多い」予期とは、自分がいろんな将来を予想しすぎて不安に押しつぶされてしまうこと。これには今あるタスクを見直し、本当に必要な肯定なのか、省けるところはないかを考える「SSC法」で、意識を集中することに繋げていく。
自分のタイプは「浪費型」と出た。予期が「薄く」「多い」ため、楽なタスクから手をつけてしまい、重要なタスクに手をつけるのが遅くなるというもの。
ただ、あまり自分はこの傾向を感じないかも。確かに夏休みの宿題なんかは後回しにしていたから、本来的にはこの傾向は間違いなく自分の中にある。ただ、仕事のタスク化を通じて重要なプロジェクトの細分化はできていると思う。また、定時退勤を目標にしているから、この時間の中でこの仕事をやり切るという意識は常にしている。
そう考えると、自然とタイムボクシングとSSCによる業務の見直しは常にやっている感じで、特性としては持っているけどここに書かれている対処法をやっているから問題化していないって感じかな。
過去=想起
人間は客観的に物事を捉えるのが苦手である。特に、時間についてはあくまでも本人の「体感時間」でしか感じられないため、どうしても感情や状況とセットでしか物事を思い出せない。つまり、過去を考えることは「想起」しているにすぎない。
想起は「誤り」の度合いと「肯定」「否定」の2軸
過去の事実をどれだけバイアスをかけないで想起できるかが一つ目のポイント。これが甘いと、時間の見積もりの甘さやトラブルの事前予測の欠如につながってしまう。このずれを防ぐにはタイムログが有効。とにかく記録をとって、体感・体験としての過去と実際の事実のギャップに直面することで、問題の本質が何かを捉えられるようにする。
職場で実際にやってみようと思うのがこれ。多分、みんなが残業の原因だと「感じていること」と「実際に原因になっていること」には大きな隔たりがあると思う。そこに自覚的になることは、勤務の適正化の第一歩だと思っていたので、論拠となるものがあって嬉しい。
自分のタイプは「自信家」。想起の誤りは少なく過去を肯定的に捉えている。自信過剰は良くないけど、正しく想起できている限りではOK。過去にあまりバイアスがかかっていないのは自分も感じるところ。
結局、現在をどう過ごすか
時間をマネジメントできるというのは幻想である。しかし、「未来=予期」と「過去=想起」が正しくできたとしたら、正しく想起したことを生かして、できる限り正確に未来を予期することは可能である。
つまり、問題は現在。今、それが正しくできるかどうかである。それを裏打ちするものは「記録」。「記憶」に頼っていてはいつまで経っても予期と想起を誤り続ける。感情のフィルターを通さない客観的な記録があって初めて自分自身のことを正しく認識できる。
幸福感を得て仕事ができるか、それは客観的なデータから、いかにブレずに自分自身をメタ認知できているかにかかっている。自己分析は幸せと直結しているのである